今回は「同じ毒物でも人間は死ぬのに他の生物が死なない理由とその原理」について紹介したいと思います。
なぜ同じ毒物でも、虫には効いて人間には効かないんだろう…
なぜあの毒物で鳥は死なないのに、人間は死んでしまうんだろう…
実はこれには、ちゃんとした理由があるのです。
よくドラマやアニメ、漫画などで「毒殺や毒摂取による死亡」がテーマの話がありますよね。
例えば最近であれば、ドラマ「監察医朝顔」の2話で出てきたフグ毒による死亡。昔(?)であれば、青酸カリの代名詞「名探偵コナン」など、毒をテーマにした話はたくさんあります。
しかし、一言で「毒」と言っても、なぜ毒ごとに作用や効果が異なっているのでしょうか。そもそも「毒」とは何なのでしょうか。
今回はその謎について、わかりやすく解説します。
また、前回ブログで「最近話題の遺伝子組み換えの将来的な可能性」について書いているので、もし興味がございましたら是非以下をご覧ください。
では早速、毒物の謎に迫っていきましょう。
そのためには、まず「毒物」の化学的・生物的な定義について触れる必要があります。
1. 毒物
毒物とは
毒物は「生体内に入った時に生体組織に損傷を与え、機能障害を起こさせ、死亡させる作用を持つ化学物質」と定義されています。
主に生体内の代謝等の、高度に制御されたシステムに影響を与えることで死に至らしめるものが毒物なのです。
では、機能障害を起こさせるとは一体どういうことなのでしょうか。これを根本から理解するためにはまず、生体内の代謝等について理解する必要があります。
代謝とは
代謝は「生命維持活動のために必要なエネルギーや物質を産出したり、成長に必要な材料を生成したりするための、一連の生体化学反応」と定義されています。
以下、最も有名な代謝(代謝経路)を用いて、説明します(図1)。
この代謝は「解糖系」と呼ばれており、糖からエネルギーを産出するために必要な、全生物共通でもっている代謝です。
図中にATPと書いていますが、このATP(アデノシン三リン酸)がエネルギーの源です。
皆さんが歩くのにも、手を動かすのにも、運動をするのにも、すべてこのATPが燃料として使われています。
このATPを作り出すために、皆さんは炭水化物を摂取しているのです。そのため、炭水化物を抜いたダイエットをすると、エネルギー不足となってしまうので、やるせなさだったり、力が入らなかったりします。
次に、解糖系で炭水化物から作られたアセチルCoAという物質が、「TCAサイクル」という代謝経路に運ばれます。以下をご覧ください(図2)。
先ほど、解糖系で炭水化物から作られた「アセチルCoA」という物質が、次はTCAサイクルという代謝経路に運ばれます。
なぜ、ただの炭水化物がこんなに色んな経路を辿らないといけないのかというと、先ほどの解糖系だけでは、摂取した炭水化物から十分なエネルギー(ATP)を作り出すことができないからです。
ではTCAサイクルについて、簡単に例えながら説明します。
まず、先ほど生産されたアセチルCoAという物質が、化学反応によってクエン酸に変えられます。
次に、クエン酸がシスアコニット酸に、シスアコニット酸がイソクエン酸に….というように、矢印方向に化学反応が進み、最初のアセチルCoAが変化していきます。
このように物質が化学反応によって変化する時、エネルギーが得られます。
しかしここで注意したいのが、先ほどの解糖系ではATPというエネルギーを直接得られたのですが、このTCAサイクルでは直接ATPを得られません。
後でATPに変えてもらうためのチケットを得られます。そのチケットというのが「NADH」や「FADH2」です。
エネルギーであるATPを直接もらえずに、後でATPと交換できるチケットをTCAサイクルでもらえるということは、チケットを交換してATPにしてくれる代謝がTCAサイクルの後に存在するはずです。
それが、「電子伝達系」です。これの原理は少々複雑なので、省略します。
このように、一つの物質が様々な一連の化学反応を経て変化していき、その過程で生命維持に必要な物質(今回であればエネルギーであるATP)を産生するものが「代謝」です。
生体内で化学反応を進める(代謝を回す)ためにはあるものが必要です。
それが「酵素」です。つまり、生体内で化学反応を起こしてAという物質がBという物質に変化するためには、多くの場合「酵素」の働きが必須となってきます。
先ほどの解糖系(図1)でいえば、グリセルアルデヒド3-リン酸を1,3-ビスホスホグリセリン酸に変化させるためにはグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼが、TCAサイクル(図2)のアセチルCoAをクエン酸に変えるにはクエン酸シンターゼの存在が必須です。
つまり、体内から「酵素」がなくなる、或いは機能しなくなると、人間は死に至ります。
まとめ
・解糖系、TCAサイクル、電子伝達系の目的は「ATP」というエネルギーを得ること
・摂取した炭水化物からエネルギー(ATP)を得るために一連の化学反応を経る
・化学反応を起こすためには「酵素」が必要
・酵素がなくなれば(機能しなくなれば)化学反応が進まなくなり、エネルギーを得られなくなるので人間は死に至る
2. 作用ごとの毒の種類
感の良い人はもうお気づきだと思いますが、「酵素がなくなるor機能しなくなると化学反応が起こらなくなり、死に至る」ということは、この酵素に影響を与えることができれば、生命活動を停止させることができる、ということです。
このような物質を我々は「毒」と呼びます。
先ほど紹介した代謝系はほんの一例にしかすぎません。また、酵素以外にも生体内でのキーアイテムはたくさん存在します。ここでは、「作用ごとの毒の種類」について説明します。
毒になり得る物質と毒になり得ない物質の違いとは
先ほども紹介した通り、毒とは「生体内の代謝やシステムに影響を与え、生命活動を停止させる物質」です。
では、どのようなときに生命活動が停止するのでしょうか。先ほどの例であれば、「酵素」が機能しなくなった時、です。
酵素にはたくさんの種類があるのですが、どの酵素でもなくなったら死んでしまうのかというと、そういうわけではありません。
以下の例でわかりやすく説明します。
例えば、A村という村のライフラインが上図であるとします。当然、すべてのライフラインが断たれると、A村は死滅します。では、一つ一つ見ていきましょう。
A村の生活には「食料」「水」「電気」「ガス」が必須です。そのため、これらの物質を各村から供給してもらっています。
「食料」はB村とE村から、「水」はB村から、「電気」はC村とE村から、「ガス」はD村からもらっています。
ある日突然B村が食糧難に陥り、A村に「食料」を供給できなくなったとします。するとどうでしょう。
A村は今B村だけでなく、E村からも「食料」をもらっているので、量自体は減りますがなくなることはありません。
そのため、B村が食糧難になり、食料を提供してくれなくなったとしても、A村は死滅しません。
では、D村が急に爆発して跡形もなく消し飛んでしまった時はどうでしょう。
「ガス」を提供してくれているのはD村だけなので、D村が消し飛ぶとA村にガスが一切入ってこなくなります。その結果、A村は一切ガスが使用できなくなり、死滅してしまいます。
このように、代わりの村が存在すれば、多少量は減りますが、死に至るまでにはなりません。しかし、代わりの村が存在しないと、死に至ってしまいます。
これは酵素でも同じで、Aという酵素と同じ機能を持った酵素が存在すれば、A酵素がなくなっても(機能しなくなっても)、人間は死に至ることはありません。
しかし、同じ機能を持った代わりの酵素が存在しなければ、その酵素が使えなくなったら死に至ってしまいます。
このように、酵素の種類ごとに、代わりが存在する酵素と、代わりが存在しない酵素があります。毒薬とは、この「変わりが存在しない酵素」をターゲットとした薬物なのです。
作用ごとの毒の種類
ここまでは、「酵素」に着目して話を進めてきましたが、生体内で重要な物質は酵素だけではありません。たくさんの重要な物質が存在します。
先ほども書いたのですが、毒とは「代わりのないもの」をターゲットとした物質です。そのため、代わりのない物質であれば何でも毒物のターゲットになり得るのです。
例えば、名探偵コナンの大好きな青酸カリ。これはKCNという化学物質であり、ターゲットは鉄イオンです。
鉄イオンは、酵素がそれぞれ独自の機能を持つために必要な「補因子」でもあり、皆さんのよく知るヘモグロビンのヘムの形成にも必須である物質です。
そのため、鉄イオンがなくなると、酵素が働かなくなったり、酸素が運搬できなくなり、呼吸困難に陥ります(後者の方がメインの効果)。
呼吸困難に陥るので、いつも名探偵コナンで出てくる犯人たちは「(”◇”)」みたいな顔でひっくり返っているのです。
このほかにも、神経毒のように、神経伝達系の正常な進行に必須な物質をターゲットとした毒などもあります。
これも「唯一無二」のものをターゲットとしているため、それが機能停止してしまうと、正常に神経伝達が行なわれなくなり、脳に障害をきたしてマヒしてしまいます。
まとめ
・毒は「唯一無二」の物質をターゲットにした物質である
・ターゲットは酵素以外にもたくさん存在する(金属イオンやその他生体内の化学物質等)
3. 生物間で効果が違う理由
生物間で効果が異なる理由
ここまで来れば、生体間で効果が異なる理由はわかると思います。
毒というのは、ある一つの化学物質をターゲットにしているものです。そのため、そのターゲットと形(化学構造)が異なっていると、効果は発揮しません。
例えると、ジグソーパズルの一つのピースです。そのため、毒はターゲットとした物質以外には基本的に作用しません。
例えば同じ代謝経路で、同じ化学反応の段階で、必要とされる(使われる)酵素の機能もそれぞれ同じ、という2種類の生物がいたとします。それぞれ生物A、生物Bとします。
そして、両方の生物に、cという構造を持った毒物を飲ませました(毒物cのターゲットはA生物の酵素)。さて、どうなるでしょう。ここでは3パターン考えられます。
①生物Aと生物Bの酵素の構造が全く同じだった時(パズルのピースが全く同じ)
毒物cのターゲットは生物Aの酵素なのですが、生物Bの酵素も構造が全く同じなので、生物Aだけでなく、生物Bも死んでしまいます。
②生物Aと生物Bの酵素の構造がかなり似ていた時(パズルのピースの形がかなり似ている)
パズルで考えるとわかりやすいのですが、本当に少ししか形が違わなければ、無理やり押し込んだら入ったりしますよね。
それと同じで、構造がかなり似ていれば、ターゲットとする物質が生物Aのものであっても、多少効果は落ちるのですが、生物Bにも効きます。
③生物Aと生物Bの酵素の構造がかなり異なっている時(ピースの形がかなり違う)
この時は、どんなに無理やり詰め込んでもピースは入りません。それと同様で、例え同じ機能の酵素であったとしても、生物Aの酵素にしか効果はないので、生物Bには一切効きません。
このように、毒物は「同じ機能で同じ名前の酵素」をターゲットとしているのではなく、「マッチする形」の酵素をターゲットとしているのです(酵素以外のターゲットでも同様)。
冒頭の解糖系(図1)で出てきたグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼを例にとると、人間のグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼの構造に合わせた毒薬は、鳥のグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼには効果が一切ないかもしれません。
なぜなら、構造が異なっていることにより、毒物質がうまくはまらず、機能の邪魔をできない可能性があるからです。
なので、毒というのは、ターゲットの物質にうまくハマって動けなくして機能を停止させるから「毒」なのであって、「毒」という名前のものすべてが危ないかというと、そうではありません。ターゲットとする物質に依るのです。
まとめ
・同じ名前で、同じ機能の酵素であっても、生物間で構造が異なっていれば毒が作用しないこともある
・毒の効果で最も重要なのは、ターゲットの構造
※ちなみに、同じ名前で同じ機能の酵素が生物間で構造が異なる理由は、前回記事を読むと理解できます。
理由は遺伝子の配列が多少異なっているため、生産されるタンパク質の構造も多少異なるからです